たのしむをつづる

鐵の早蕨ーくろがねのさわらび

鐵(くろがね)の早蕨(さわらび)

岩手は近代製鉄発祥地の一つとして知られている。
そして、古くから鉄鍋・鉄釜を中心に日用品を供給した鋳物生産は“南部鉄器”のブランドとして今日も注目されている。
こうした“鉄の文化”を古代の先人たちはどのように身近なものにしていったのであろうか。

東北地方最古の鉄製品は宮城県と青森県の弥生時代の遺跡から出土しており、この時期に石器から鉄器への変換が徐々に進んだものと考えられる。
古墳時代には埋葬品として鉄製品が多く使用されるようになり、砥石の出土もみられることから、鉄器が普及していたことが推測され、5・6世紀の一部の集落跡からは、溶鉱炉に送風するための羽口や、鉄を精錬する際に出る鉄滓が確認されている。小規模ながらも鍛冶作業が行われていたのだろう。
7世紀以降は、現在の奥州市を含む北上川中流域から八戸周辺にかけて古墳群が分布し、それらの副葬品として、大刀(たち)や鏃(やじり)などの鉄製品が出土。遺跡からは鍛冶跡や鍛冶用具も発見され、鉄の文化は地域的な発達が広がっていたと考えられる。

 古代の東日本を中心に分布が知られている刀として“蕨手刀”がある。
 蕨手刀というのは、柄頭が丸く、早蕨の頭部に似ていることから、そう名づけられている。刀身は直刀で古墳時代の大刀よりも短く、飾り気のない素朴な刀である。主に東北地方に分布が集中しており、岩手県内でも70例以上が確認されている。
 岩手で蕨手刀が多くみられるのは、北上川流域よりもむしろ沿岸地方である。宮古・山田・大槌周辺は古代の製鉄関連遺跡が多く、特に山田では8世紀には製鉄から鍛冶加工まで行われていたものと考えられる。
 蕨手刀などの刀剣類がこの地で生産されていたかどうかの詳細は不明だが、少なくとも沿岸部は当時の蝦夷たちが使用する鉄製品の重要な生産地であったことだろう。特に蕨手刀は刀長が60㎝以下のものが多いが、身幅は厚く量感を感じさせることから、実用性に富んだ蝦夷たちの日用品であったはずだ。

 日本全国で200点以上の蕨手刀が発見されているが、出土総数の6~7割が東北地方にある。なお、甲信越地方にも例がみられ、四国・九州にも僅かながら存在し、奈良の正倉院にも蕨手刀が保存されている。
 そうした状況から、蕨手刀は東北地方で生産されたという考え方や、刀身と柄の傾きや反りから日本刀の原型になったのではないかという考え方がかつてはあったが、形状や刀装金具の研究により、現在では上信地方で発生したとする考えが有力である。
 それにしても、岩手県地方における蕨手刀は、まさに春を告げる早蕨の如く、後の“鉄の文化”の開花を促す存在であったことだけは確かなのである。

 

文 野坂晃平(のざかこうへい)
えさし郷土文化館 課長補佐(学芸員)
専門分野/考古学・(地域史)
1976年(S51)盛岡市出身
1999年 (H11) 盛岡大学文学部児童教育学科卒
1999年 (H11) 江刺市教育委員会(埋蔵文化財調査員/非常勤)
2003年 (H15) えさし郷土文化館

 

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