リトルハッピネス@台湾 第1話
OIGENが作っているのは、人と共にある鉄器。等身大の今を生きる人を、国や文化を超えて取材していきます。今回の国は台湾。
文:薗部七緒
INDEX:リトルハッピネス@台湾
第1話:好きなことの根っこ~ゲームと工芸と言語学
第2話:誰にでもある、こころの真ん中の一品
第3話:忙しい毎日の中に見つけた穏やかな夫婦の時間
第4話:30代男たちの居場所レノンさんと仲間たち
好きなことの根っこ~ゲームと工芸と言語学
37歳、葉秉杰(ヨウヘイケツ)さん
「てんびん座のA型」=まめで真面目。完璧を追求。好き嫌いがはっきりしている。好きなことは徹底的にやり抜く。
こんな風に自身を分析するのは、日本人の妻と共に台北で暮らす台湾人の葉秉杰(ヨウヘイケツ)さん、37歳。もうすぐ父になる。
数年前のある日、日本人の友人と共にOIGENの工場直営店ファクトリーショップにふらっと現れたのが葉さんだった。葉さんが話す流ちょうで、正しい日本語に、只者ではないなと感じた。それもそのはず、現在は台湾政治大学で日本語と言語学を教える言語学者である。当時、OIGENがある東北地方の最高学府、東北大学に奨学生として留学中だった。
台湾でも大々的に宣伝している日本の大手家電メーカーの「南部鉄器」と謳う自動炊飯器。葉さんは、興味があったが高額だったため、インターネットで調べていたら、岩手の本家本元「南部鉄器」メーカーがごはん釜を作っていると気が付いたのだそうだ。そして、「たまたま最初に行ったのがOIGENだった。社長さんがいい人だったから、ごはん釜買いました。」と言う。
わざわざ岩手まで来てくれた台湾人の葉さんのことが気になって、2019年1月、私たちも台北まで会いに行った。
ご当地食材シール
日本の工芸との出会い
なぜわざわざ岩手まで?
「ネットやお店でも買えると思ったけど、変なこだわりがあって、現地で買いたいと思った。」とのこと。
葉さんがそんな風に思うようになったきっかけは、「漆器」との出会いだった。日本留学中に両親が葉さんを訪ねて来日した際に、一緒に歴史の街金沢を訪問した。金沢と言えば、430年にわたり大きな災害や戦災をまぬがれた、江戸時代の歴史的スポットや建造物が多く残された風情ある街巡り。また、加賀友禅にはじまり、和紙、輪島漆器から和ろうそくに至るまで、金沢のある石川県の伝統工芸の数々に触れられるのも、ファンにはたまらない場所だろう。しかし、葉さんがはじめて手に取った漆器は、その有名な輪島ではなく、両親を見送った後一人立ち寄った長野で、たまたま手にした木曽漆器。
ここで少し説明を加えておくと、漆器とは、木を彫って、削って作られた素地に、漆という木の皮から採取する天然樹脂を塗り重ねて作られるもの。お箸やお味噌汁を飲むお椀から、家具や建物の内装に至るまでその大小や用途は様々あり、日本には北は青森から南は沖縄まで、今も生産が続く〇〇漆器の産地があるのだそう。日本の漆器の起源は遡ること、6000年、9000年とも言われ、長い歴史の中で洗練された各地の職人の技が生み出す、日本を代表する工芸品の一つ。
漆器の何にそんなに惹かれたのか尋ねると、
「漆はつやつや、ピカピカしているから。人って宝石とかピカピカしたモノに興味あるんじゃないですか!?漆器と言っても艶のないものもありますが、使い込むと逆に艶が出ると聞いたことがあります。当時はお金もあまり無かったし、知識も無かったから、艶があるものが良いものと思って買っていました。」
本物の工芸品はその良さを実感することからだと話す。「母も漆器(のお椀)を1回使ってみたら全然熱くないと、気に入って使っている。包丁も切れ味が違う。」日本人にとっても敬遠しがちな工芸品だが、大切にしまい込むのではなく、日々の暮らしの中で使わないともったいない。
日本人の私が見ても、いわゆる漆器らしい装飾が施された箱を指さしながら、「見た目には分からないけど、多分蒔絵風(蒔絵とは:金・銀箔を使って描く絵)のシールだと思う。天然漆じゃなくて、合成樹脂を使っているんじゃないかな・・・と思うんです。」と葉さん。同じような見た目でも、立体感が違っていたり、値段が大きく違う数点が店頭に並んでいることがある。その「違い」の理由が気になるから、産地に足を運び職人さんに直接話を聞きながら勉強したのだそうだ。
「育ったうちは裕福ではないので、貧乏性と言えばあれですが、節約して過ごして、たまったお金でちょっといいものを買いたいと思う。アパートは狭いから、趣味のミニカーとかたくさん買うと部屋が狭くなってしまうので、趣味のものも、イイものしか買わなくなってきた。」
今では日本の47都道府県すべてを制覇し、その土地の名産品や工芸品を探すことが楽しくて旅をするという。漆器にはじまり、陶磁器、そして鉄器まで少しずつコレクションしている。取材をした翌月には九州に、伊万里焼という陶器を求めて旅をすると話してくれた。
言語学の世界
そもそも日本に興味を持ったきっかけは何だったのか。
「日本を好きになったのは、奥様がきっかけですか?」と冗談交じりに聞くと、「いや、違います」ときっぱり否定された。
「日本語教師の妻は台湾に住んで働こうと考えていたらしいが、日本で付き合い初めて、彼女が私の影響を受けた感じ。日本を再発見できたと言っているくらい。まず、日本語を勉強したきっかけは、「キャプテン翼」(サッカーに打ち込む少年たちを題材にした日本の漫画・アニメ)のテレビゲーム。勝ちたいけど、ゲームの画面の表記は全部ひらがなだったから読めない。選手が誰が誰だか分かりたかったから覚えました。日本に行けるほどのお金もなかったし、最初から日本や日本語に興味があったわけでは実はないんです。」
中学生の頃、ゲームを有利に制覇したい葉少年は独学で日本語を勉強し始めた。それから数年、言葉のセンスを買われた葉さんは、大学の先生の薦めもあって、大学院で言語学の道に進む。
ここで質問。言語学って、一言で言うと何を勉強する学問!?「簡単に言うと、言語学とは文法を作る、まとめる学問。若い人が話している言葉に違和感を感じたら、それはすでに言語学の世界です。我々が普段何気なく使っている言葉には実は法則が潜んでおり、その法則を見つける学問が言語学です。」
葉さんに解説してもらった。日本語を第二言語として学ぶ人にとって分かりにくい文法の一つに、「さ変名詞」がある。さ変名詞とは、名詞に「する」をつなげて動詞化する単語のこと。「満足」に「する」を付ければ「満足する」という動詞として使えるが、満足に「不」が付いた「不満足」に「する」を付けた「不満足する」は、日本語を母国語としている人には違和感がある。一方は動詞化できるが、もう一方はできない。その違いは何かを解明する学問なのだそうだ。ちなみに、アメリカ人のお笑いタレント厚切りジェイソンさんのネタは、言語学の世界に通ずるものがあるらしい。
「例えば、陶磁器はこういう技法を使うとこういう色が出るとかがあり、漆器の技法も一緒。言葉もいろいろな角度から、どうしてこう言わないといけないのかを探っていく。工芸と言語学には共通項があって、それは法則なんです。真理に近づこうとする姿勢が、職人の世界と言語学の世界は似ていると思います。」
職人さんは口下手なことが多い。質問をしても納得できる説明をしてもらえないこともある。「分からないからとりあえず棚上げして、知識がたまったらまた聞いてみる。ロジックがつながった時の制覇した感覚、わくわくします。」とたのしそうに話してくれた。
「仕事って自己満足だなって思います。社会に貢献できるかどうかは別として。論文がうまくいかなかったときに、たまたまテレビで、ユリ・ゲラーを見たのですが、スプーンが曲げられても社会に役に立つのか?立たないかもしれない。じゃ、みんな楽しければいい。自分のやっている言語学の研究も時々、何の役に立ちますかと聞かれます。役に立たないけど、自分が楽しい。それで十分と思えるようになった。人生楽しまなくちゃだめ。といつも学生に伝えます。」
「鉄器の使い心地はどうですか?」と質問すると、「ごはんはほんとうに違います。時短ですよ。」と葉さん。奥さんもうんうんとうなずく。OIGENごはん釜はお米の炊きあがりの艶が全く違うとのこと。OIGENスタッフ一同、思わず誇らしげなドヤ顔に。
インタビューの後、本格台湾ぎょうざ「牛肉餡餅(シャーピン)」や麻婆豆腐をOIGENのフライパン(ネイキッドパン)で手際よく料理してくれた。鉄のフライパンの使い方も手慣れたもの!!そんな葉さんでも、「実は、思った通りに仕上がらないのが鶏肉のグリルです。皮がくっついちゃうんです。理由がよく分からない。多分油の量を増やさないとだめなのかな…。」と首をかしげる。
「なぜうまくいかないのか、考えているんじゃないんですか?法則はないかって?」と尋ねると、案の定「はい。そうですね。今考えています。」と葉さんらしいお答え。今度、パリッとじゅわっと焼き上げる方法お教えします!
「鮭を焼いた時びっくりした。置いたらすぐに1分弱で焼きあがる。普通のフライパンだと3~4分かかるかな。」日本風の焼き魚をOIGEN焼き焼きグリルで作ってみた。「最初は焼き魚はくっついてしまったのですが…。」と奥様。「いや。最近はもう大丈夫になりましたよ。」どうやら葉さん、法則を見つけたよう。