リトルハッピネス@台湾 第2話
OIGENが作っているのは、人と共にある鉄器。等身大の今を生きる人を、国や文化を超えて取材していきます。今回の国は台湾。
文:薗部七緒
INDEX:リトルハッピネス@台湾
第1話:好きなことの根っこ~ゲームと工芸と言語学
第2話:誰にでもある、こころの真ん中の一品
第3話:忙しい毎日の中に見つけた穏やかな夫婦の時間
第4話:30代男たちの居場所レノンさんと仲間たち
誰にでもある、こころの真ん中の一品
20代 ITエンジニア レイモンドさん
はじめてレイモンドさん(吳冠賢)に会ったのは2018年の春先。高いところからオリーブオイルを回しかける姿で知られる、料理上手な日本の俳優さんが台湾でも人気で、「料理男子」が熱い!?という話を聞きつけた私たちは、台湾の友人に頼んで料理が好きな男性に話を聞かせてもらいたいと、無理を言ってお願いをした。
台湾のシリコンバレーとの異名を持つ桃園で働く、花形職種ITエンジニアとして、着実にキャリアを積み、最近昇進したのだと少しはにかみながら笑う顔が印象的な彼。まだ20代後半という若さだ。最初に会った時は、「鉄器って知っている?」「使ったことある?」「いつもどんな料理するの?」といった少し真面目な質問をさせてもらった。
「忙しいと思うけどいつ料理してるのですか?」
平日は忙しいので、料理はもっぱら週末。日常の考え事やストレスから解放されるのも料理が好きな理由だという。そんな会話の中で、「時々しか行けないけれど、実家に帰ったらお父さんに料理を作りますよ」と教えてくれた。
新台北市でルームメイトと暮らすレイモンドさんは、生まれ故郷で今も父が暮らす台湾中部の町へ数か月に一回帰省するという。日本人の私は、大学を卒業して一人暮らしをはじめてからは、同じ町にある実家へは年末年始とお盆くらいしか寄り付かなかった覚えがある。両親がごちそうをたくさん作って待っていてくれたことはあっても、私が腕を振るって料理を作るなんてこと、考えたこともなかった。
出会いから一年。「お父さんのために料理をする」その一言が気になった私たちは、レイモンドさんのお宅を尋ねた。再会したレイモンドさんは変わらぬ優しい笑顔で、家に迎え入れてくれた。さすがIT系男子。AI搭載のスマート家電が揃う、掃除の行き届いた2LDKのマンションのリビングで、大切な家族との思い出を話してくれた。
「両親はとっても仲がよかったんです。」台所に二人で立つ両親の姿を今でもよく覚えているという。
小学校3年生の時に母親を事故で亡くした。落ち込む父親の代わりに、育ち盛りの3人の男兄弟の面倒をみてくれたのはおばあちゃんだった。心配した学校の先生も親身になって支えてくれた。それでも、「あまりにもすべてが突然変わってしまった。」そんな時に兄弟のそばに寄り添うことなく、すべてを諦めたかのような父親を、長い間理解することができなかった。
そんな親子の関係が変わったのは、奇しくも電気技師の仕事の最中に事故に合った父親が、入院を余儀なくされる怪我をしたからだという。当時レイモンドさんは22歳。すでに社会人になっていた兄や弟と違い、大学を卒業し兵役の真っ最中だったレイモンドさんは長期の休みを取ることが叶った。
「父の入院に付き添った1週間の間、たくさんの深い話をしました。」それがきっかけで父親との関係は大きく変わったという。
料理好きのレイモンドさんに、「お父さんといえばこれ」という一皿を作ってもらえないかと事前にお願いをしていた。「お父さんが好きなおかず」とか「よくお父さんに作ってあげるごはん」を想像していたら、「はじめて作るのです。だからどうやって作るの?って父に昨日電話して聞いたんです。」とのこと。
まだ母親がご健在だったころの話。もともと、レイモンドさんのおじい様は農業を営んでいたのだそう。そのおじい様が農家を廃業することにした時、それまで家族が食べることのできなかった牛肉をはじめて食べることに。共に仕事をする仲間でもある動物は食さないという古くからある風習があるのだそうだ。「こんなおいしい食べ物があるのか!とびっくりして」と目を大きくしてその時のことを話す姿が、とてもチャーミングなレイモンドさん。
台湾風ビーフシチュー「燉牛肉」。「鉄器で作ると、かっこいいですね。」とレイモンドさん。
照れながらスマホ越しに写真に写ることを承諾してくれたレイモンドさんのお父さん。
幼いころから台所に立つ母親の横でお手伝いをするのが好きだったレイモンドさん。母親が亡くなってからは、料理上手のおばあ様に教えてもらい、今では父親と一緒に料理を作る。台湾風ビーフシチュー「燉牛肉」の他に、私たちのために手際よく準備してくれたのはキャベツの炒め物「炒高麗菜」。もう一品と、いつものフライパンで冷凍餃子も焼いてくれたので、ここはOIGENスタッフの私たちOIGEN鉄器をアピールせずにはいられない!
「ぜひ前回プレゼントした焼き焼きグリル使ってみてください」とお願いをしてみた。「フライパンじゃないけれど使えるんですか?」レイモンドさんの困ったような表情に、OIGEN社長自ら焼いてみせることに。
食べ比べてもらうと、鉄器で焼いた餃子は「皮がもちもち!なんで?」とレイモンドさん。「もちろんです!」と誇らしげな社長。
左はレイモンドさん。真ん中はコーディネーターで、新婚ほやほやの30代前半ようさん。右は日本人で30代後半0歳児と2歳児(取材当初)の2児の母の私。
自分の親が親になった年齢になり、子供のころは分からなかったあの時の親の気持ちを、まるまる理解するなんてことは難しいかもしれないけれど、それでも少しだけ分かろうとしたり、分かった気になったりする。そんな親子の真ん中にある一品は、じわっとこころの真ん中をあたたかくしてくれる、確かなものだと教えてもらった気がする。