リトルハッピネス@台湾 第4話
OIGENが作っているのは、人と共にある鉄器。等身大の今を生きる人を、国や文化を超えて取材していきます。今回の国は台湾。
文:薗部七緒
INDEX:リトルハッピネス@台湾
第1話:好きなことの根っこ~ゲームと工芸と言語学
第2話:誰にでもある、こころの真ん中の一品
第3話:忙しい毎日の中に見つけた穏やかな夫婦の時間
第4話:30代男たちの居場所レノンさんと仲間たち
30代男たちの居場所
レノンさんと仲間たち
海外を旅していると、言葉も文化も違う「外国」が、突然自分の中にある感触を伴って入ってくる、そんな瞬間がある。異国の地ではあるのだが、大げさな言い方をすれば、同じ「人」が暮らす国なのだと腑に落ちる感覚である。その土地に生きる「誰か」が、リアルに立体的に見え始めるわくわく感がたまらなく好きである。
特集記事【リトルハッピネス@台北】の最終話で紹介したいのは、台湾の友人であり、OIGENの心強いサポーターである、コーディネーターのヨウさんの高校時代からの旧友レノンさんと、その男友達の話。取材前は、今でも定期的に集まる仲間に、料理好きなレノンさんが「料理を作る」のを再現してもらう予定だった。でも、集まってくれた仲間4人(いつもは5人、1人はハネムーン中で不在)の関係性を見ていて、軌道修正。そのままをお伝えしたいと思う。
(右)質問にていねいに応えるレノンさん。
「彼女には真剣に作りますが、こいつらには作りません(笑)」
「レノンが何を具体的に作って欲しいのか知りたがっている」と移動中の車の中でヨウさんに聞かれた。いつも作っているものでいいと伝えたが、若干困り顔をされた。そして「何か特別なことをするわけじゃないんです。ゲームやったり、ぐたぐだしたり。そうするとお腹が空いてくるから、適当に誰かが食事の準備して、適当に各自食べるって感じです。なんだかんだレノンが買ってくる食材の指示を出してくれたり、結局作ってくれることが多いですが。いつもの姿が見たいってことなので、お見せしますが、普通過ぎて記事になりますか?」と心配そう。
困惑の理由が取材を始めてすぐに分かった。仲間の中で料理をするレノンさんやケビンさん、今回は不在だったティムさんが腕を振るった料理を振舞う相手は、男友達ではなく、もっぱら彼女なのである。なるほど!
こんなエピソードを話してくれた。ある日、ケビンさんから「ぎょうざを作るから食べに来い!」という誘いがあった。到着すると、「皮と具は準備した。自分で包め。」と。「買った生姜を無駄にしたくないからって、丸々一個全部入れて、余っていたコリアンダーまでも切り刻んで入れてたんですよ!!変でしょう。」と楽しそうに話してくれた。肉の臭み消しに入れる生姜には適量というものがある。入れすぎると辛くなってしまう。コリアンダーは基本の餃子には入らない具材である。「ケビンの料理はいつもフリースタイル!」とみんなで笑い合う。彼女と男友達は扱いが違うようだ。
OIGENの焼き焼きグリルでレノンさんが彼女に作った料理。穏やかで几帳面な印象のレノンさんらしいワンプレート。
喜んでくれる顔がうれしくて。
レノンさんが料理を始めたのはまだ小学生の頃。女性服の店を経営していて忙しい両親と兄・妹の5人暮らし。家族がまだ寝ている日曜日の早朝に一人起きだして、朝食を作るのが愉しみだったというレノンさんの役目。家族が起きてきて食卓で見せる笑顔がうれしかったと話してくれた。
今では、レストランなどで食べておいしいなと思ったら、すぐにレシピをチェックして、家で作ってみるそうだ。
ステーキ肉をレノンさんとケビンさんが焼いてくれた。丁寧にじっくり焼くレノンさんとは対照的に、高温で一気に焼き上げ、大量のバターで味付けをする「フリースタイル」のケビンさん。
「コンフォートゾーン」=ニュートラルでいられる場所
台湾政治大学公共政策学部博士課程在学中のレノンさん。ケビンさんは、先日発表したばかりのオンラインゲーム「守夜人」を開発をしたベンチャー企業共同代表の一人。カークさんは運送会社の倉庫管理責任者。そして、OIGENの台湾コーディネーターとしてサポートしてくれているようさんは、幼児・小学生に特化した、様々なスポーツプログラムを提供するスポーツ塾「Vivkids」を立ち上げたばかりのアントレプレナーである。
学校が終わると、コンピューターカフェに通い詰めては、一日4~5時間は一緒に過ごした高校時代から、約15年。30代になった。仲間のうち2人は結婚。それぞれキャリアを積み、社会的にも家庭的にも責任を負う年齢に差し掛かっている。
「ライフステージが変わっていく中で、関係性は変わっていると感じますか?」と聞いてみた。
仲間のマスコット的存在のジョンさんが、少し真面目な様子で「24時間という決まった時間しかないので、昔のように毎日何時間も会うことはないけれど、数か月に一回、数時間集まることができる。そんな関係です。」と話してくれた。
「みなさんの関係を一言で言うと何でしょう?」
「…。」
「…。」
「…。」
答えが返ってこない。ベタな質問をしてしまったなと、即撤回
帰り道、車を運転するヨウさんがボソッと、
「さっきの質問だけど、私たちの関係を一言で…っていう。あれから少し考えてみたんだけど、多分英語で言うと「コンフォートゾーン」じゃないかなと思うんです。」と話し始めた。
「一人一人が仕事上で抱える“立場”は違う。責任も増していると思う。どこで働いているのかとかはもちろん知っているけれど、具体的に何をしているのか尋ねたこともなければ、聞かれたこともない。」という。男友達との空間は、格好つけたり、評価されたり、期待されたりしない、安全な場所であって、安心していられる場所なのだと静かに教えてくれた。
男友達で集まるときは鍋が定番と聞いたので、OIGENのザ・南部鉄器「すき焼き鍋」をプレゼント。「鍋料理にはもちろんおすすめですが、さっきグリルで焼いたステーキよりも厚い、ブロック肉を焼いてみて下さい。」と伝えると「???」。「鍋なのにステーキ?」という反応。
鉄器の特徴は、全面熱ムラがなく、安定した温度で食材に火が入ること。つまり、火の入りにくいブロック肉も、鉄鍋を使うと横面からもしっかり熱が伝わり、うまみを一気に閉じ込めて中はジューシーにおいしくできるのだ。
ここぞとばかりに説明してみると、「誰がそのブロック肉を準備する?」とお互いの目を合わせて笑い合う姿もまたほほえましい。
社会に出て10年が過ぎ、仕事の内容や仕方を模索しながら、自分の居場所を作っていく。自分の家族を持つ仲間が一人、二人と増え、日々のプライオリティーが変わっていく。そんな風に「明日の場所」に向かって頑張るのが30代なのかもしれない。台湾で会ったレノンさん、ケビンさん、ジョンさん、ヨウさんには、30代になった彼らが「ただ居る」ことができる場所を、ちょっとだけのぞき見させてもらった気がする。