入社して40年以上の熟練工が、事務所に置かれていたある鉄器を指差して、冗談交じりに言った。
「この鍋は親父のプレゼント。」
小学校3年生の時、「親父に化石を探しに行くぞって言われて川辺に探しに行ったの。木の端っこみたいなのが流れてきて、投げてみるとカチっと音がするわけ。『とおちゃん木だよね?』って聞いたら、木が石になった化石だって。」不思議で仕方なかった。それ以来、少年は石集めに夢中になった。学校の帰り道の砂利道や田んぼのあぜ道に落ちている石も、父が働く工場に定期的にやってくる貨物列車からこぼれ落ちる石さえも「ぱっかぱっか拾ってきた」と話してくれた。
ぱかっと割れた石の中から出てきたものが、いにしえの動物の骨だと知ったのはもう少し大きくなってからのこと。そんなかつての少年は今も化石採集が趣味だ。
ある時、博物館の先生に連れられて鉱山の廃坑跡に行った。岩手県には、鉄の原材料である良質な鉄鉱石が採れる鉱山がいくつもあり、25年ほど前までは採掘が続けられていたという。そこには、うず高く積まれた石くずの山があった。
純度が低く原材料として使えない石を捨てる、「ずり場」と呼ばれていた場所だ。その中にきらきらと輝く石が混ざっていた。
この石を見せながら、 「”鏡”に”鉄鉱”と書いて鏡鉄鉱(きょうてっこう)。鉄の原材料になる鉄鉱石(てっこうせき)の一種。鉄の結晶がね、何千年、何万年と岩の中にあってできたから、すごい時間が経っても大きくてきれいなの」と教えてくれた。
現在、世界中で採掘される鉄鉱石は、25億年も前に大量に地球に誕生したものだと考えられている。まだ地球にほとんど酸素がなかった時代。地球の核から火山の噴火と共に噴出された鉄(Fe)が海中に流れ込み、その頃海の中に増え始めていた藻などが光合成によって排出した酸素(O)と結びつく。こうしてできた鉄の化合物は、徐々に海底に蓄積し、プレートと共に地中に巻き込まれながら圧力と熱が加えられる。やがて隆起し地上に現れたのが鉄鉱石の鉱山だ。ある条件下で比較的大きな板状に結晶化したのが、鏡鉄鉱である。
悠久の時を経て掘り出された鉄鉱石を精錬し、純度を高めた鉄は、昔から武器や農工具、調理器具といった鉄器に姿を変え、人々の生活に寄り添って存在してきた。
しかし、鉄器は赤く錆びやすいという欠点がある。スピードや効率性を追い求める時代の中で、錆びないように手間がかかる鉄器は、徐々に敬遠されるようになっていった。
鏡鉄鉱は、「天候に耐えて輝きを続けているわけだ。こういうものが鉄の表面にあったなら、きれいにかかるんであれば、製品はありだなって思ったの」。雨風にさらされても変わらない鉄の結晶のような強固さを、鉄器の表面にむらなく安定的に作り出し錆びにくくすることはできないのか。
彼が指差したのは、灰色をしたフライパン。高温で焼くことで表面の鉄を錆びに強い組成へ変えている。地底深くで何十億年の歳月をかけて、鉄は安定した「酸化鉄」に変化した。開発に関わった技術は、まさに同じことを工場の中でやってみたものだ。
太古の時代に生まれた鉄で作る、900年以上続く伝統工芸の世界。今もなお鉄という素材の更なる可能性を模索し続けられることを、「石も宇宙だけど、ここ鋳物屋も宇宙だぞ」と彼は笑う。
太古の時代に想いを馳せ、石が辿った年月を想像する。一筋縄ではいかない鉄と向き合う日々もそれに似ている。この地に、鋳物屋というものづくりがありつづける意味を考えさせられた。
(文 薗部七緒)