石膏原型職人のモノづくり
OIGENの鉄器がみなさんの手元に届くまでに、様々な工程で「モノづくり」が行われています。
今回の記事でご紹介するのは、その「モノづくり」の工程のうち、石膏原型の製作を手がけている職人の及川松美さんです。
松美さんが手がけている石膏原型とは、鉄器のデザイン図を石膏で再現したもののこと。鉄器づくりの工程では、石膏原型を使って、アルミ型をつくり、アルミ型を使って砂型を作り、そこに鉄を流すことで鉄器が完成。石膏原型の製作は、デザイン図を初めて立体化し、鉄器のディテールを定める重要な工程です。
松美さんは、石膏原型職人として、他の人が考案した図面を再現するだけでなく、自らが設計したデザインをもとに石膏原型をつくることもあります。
松美さんが設計したデザインの中で、代表的な鉄鍋、「ニューラウンド万能鍋」。1974年にグッドデザイン賞、1992年にはGマーク ロングライフデザイン賞を受賞。OIGENの鉄鍋のレギュラー商品として製品化されてから40年以上経った今も多くの人に愛されている製品です。
今回のインタビューでは、石膏原型職人として伝統工芸業界の中で長くモノづくりに携わっている松美さんが鉄器と関わりを持ち始めた原点をお聞きしながら、鉄器やモノづくりへの想いをお伺いしました。
鉄器にかかわり続けて55年。「鉄はずっとおもしろい」
松美さんが南部鉄器の老舗OIGENに入社したのは、中学生の頃、当時OIGENの社長を務めていた及川 源悦郎さん(現会長)が、松美さんの通っていた学校へ、従業員募集に訪れたことがきっかけ。担任の先生から「絵を書くのが好きな松美に、OIGENの仕事が合っているんじゃないか」と声を掛けられた松美さんは、OIGENの工場見学に訪れました。
「当時の鋳物屋っていうのは、真っ暗な場所で、ぼやぼやとした空気が漂っていて。こんなところで働くのは嫌だなと最初は思ってた。だから『断るぞ』と思っていたんだけど、同じように声を掛けられて一緒に見学に来ていた同級生に『俺はもう断ったぞ』と言われて。そうすると俺まで同じこと言えないなって、断りかねて入ることを決めたのよ」
中学卒業と同時に、松美さんはOIGENに入社。入社当時は、鉄鍋など既にデザインされた商品に鉄を流すための砂型をつくる型込み作業の下回りを務めていました。
そうして仕事を始めた松美さんでしたが、働いて3年が経った頃に、OIGENを退社。
「『こういう仕事を、歳をとっても続けていくのか』と考えたら、嫌になって辞めたのよ。いずれ鋳物屋は汗水垂らして稼ぐところだから。でも現会長に『他のいろんな仕事を経験してほしい』とまた声を掛けられて、また入ることを決めたの。戻ってきてからは、プレート込み作業をしたり、デザインの講習会に出させてもらったり、工場の中以外の仕事をさせてもらっていたね。それから石膏原型づくりに携わるようになったんだよ」
退社の3ヶ月後に、再入社したことをきっかけに、石膏原型づくりに関わり始めた松美さん。石膏やデザインの勉強は、水沢鋳物工業協同組合が月2回開催していた講習会や仕事終わりの時間に自主的に作品づくりに取り組むことで、行っていました。
そうして様々なOIGENの「鉄鍋」や「オリジナル文鎮」などの石膏原型づくりの経験を積み重ねていた松美さんでしたが、1984年に腰を悪くしたことをきっかけにOIGENを退社し、石膏職人として独立。それから現在まで、石膏原型づくりを続けています。
「もう鉄以外の仕事はわからないから、鉄から離れる気は全然ないね。やっていてずっとおもしろい。自分の思ったようなモノを作れるからさ。自分の考えているモノをそのまま表現できるもんね」
やわらかさを持った、あたたかみのある鉄器に
松美さんが石膏原型職人として取り組んでいる仕事は主に2種類。
まずひとつめは、受注した製品を製作する仕事。依頼主から受け取ったデザイン図や写真を参考に石膏原型をつくります。中でも特徴的なのは、写真に写っている被写体を石膏原型によって立体化させること。被写体の影などを読み取って立体を再現していきます。
「写真が立体に見えるんだよ。ずっと絵を書くことが好きで、昔からデッサンをしていたから、そういうことができるようになったのかもね。写真でも、デザイン図でも、頼まれた仕事をするときは、それ以上のモノをつくる気持ちで望んでいる。頼まれた図面以上のモノをつくろうと思っているね」
一方で、松美さん自ら製品をデザインし、石膏原型づくりを行うのも仕事のひとつ。 「意識しているのは、できるだけやわらかく、あたたかみのあるデザインにすること。もともと鉄は、硬くて、冷たい感じをイメージさせるから、できるだけそれを無くすことができるようにしているね」
松美さんがこれまでデザインした製品は、丸みを帯びた形のモノが多く、やわらかく、あたたかみがあることが特徴。製品のデザインから松美さんの想いが伝わってきます。
自分がいいと思ったものをつくる
今年、松美さんは鉄器づくりに関わり始めて56年目を迎えました。
長い時間石膏原型づくりを続けてきた松美さんが、モノづくりに携わる上で意識しているのはどんなことなのでしょう。
「やっぱり自分がほしいと思うモノをつくることが一番。自分が思っていればそれに共感してくれる人が必ず何人かいるんだよな。製品がほしいかどうかはちゃんとお客さんが決めてくれるから」
買い手の気持ちを、製品のつくり手がコントロールすることはできない。
「『お客さんはきっと、こういうモノがほしいはず』、なんて考えていたら中途半端なモノしかできない」と松美さんは話します。
「いい加減なことをしているともう仕事はこなくなる。だったら、自分が本当にいいと思える、納得できるモノをつくらないといけない。だから、あまりいろんなことを意識しすぎず、自分がいいと思えるかどうかを大切にしているね」
自分がいいと思えるモノを、納得できるまでつくり続ける。そうした松美さんのモノづくりの姿勢から、みなさんの食卓にも、日常的に登場する鉄フライパンや、鉄鍋、鉄瓶など「愉しむをたのしむ」鉄器が生み出されています。
最後に、これからのものづくりについて、松美さんの想いをお話していただきました。
「モノづくりには、少しいい加減になることも大事だと思うんだよ。あんまり真面目になりすぎずにね。教わったことをそのままやるんじゃなくて、少しはみだすくらいがちょうどいい。あまり外れない程度にね。で、そのちょっと外れるっていうのは、自分のいいと思ったことを加えるということ。そうするとそのモノにその人らしさが出て、おもしろいモノになる。少しは、いい加減にやるのもいいことなんだよ」
伝統工芸業界に長年携わり、数々の鉄鍋や鉄フライパンなどの南部鉄器を生み出した 「いいかげんさ」は、明日も明後日も、OIGENのブランドを通して沢山の人々の暮らしに寄り添う。
文 宮本拓海(みやもとたくみ)
1994年生まれ。岩手県奥州市出身。
2019年4月よりフリーランスライターとして活動中。
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教えてくださった方
及川松美さん
以来、石膏原型づくりに関わり始める。1984年、石膏原型職人として独立。岩手県奥州市水沢羽田町に事務所を構える。
設計を手がけた「ニューラウンド万能鍋」は、1974年にグッドデザイン賞、1992年にGマーク ロングライフデザイン賞を受賞。