及源鋳造株式会社(以下、OIGEN)は創業から約160年続く、南部鉄器の老舗です。時代の流れと共に、伝統を人から人へ受け継ぎながら、これまでの長い歴史を歩んできました。
OIGENのある地域には、創業170年になろうとする老舗、地域に根づき愛されてきたお店があります。奥州市江刺に店舗を構える料亭「新茶家」です。
今回インタビューをしたのは新茶家で料理長を務める和賀靖公さん。新茶家は江戸末期に創業。代々家族で経営を受け継ぎ、和賀さんはその7代目を務めています。幼い頃から料理人を志していた和賀さんは高校卒業後、大阪の調理専門学校に進学。専門学校を卒業すると京都にある料亭「瓢亭」で4年、旅館「柊家」で2年半、料理人修行をした後、2014年、奥州市にUターンし新茶家へ。2018年から料理長を務めています。
老舗を継ぎ、5年を迎えた今、和賀さんはどんな想いを抱いているのか、お話を伺いました。
<和賀さんプロフィール>
2009年 大阪阿倍野辻調理師専門学校 本科 卒
2009年 京都 南禅寺 瓢亭 入社
2012年 京都 柊家旅館 入社
2015年 日本料理 新茶家 帰郷
2018年 料理長に就任
2018 年 岩手青年卓越技能者 受賞
ちゃんとした仕事を通して、日本料理を残したい
「僕は和食を提供するお店の中でも『料亭』という形態はすごく難しいと思っているんです。最近は若い人を中心に日本食離れが続いていて、全国各地の料亭がお店の閉店を余儀なくされている。今のこの状況でどうすればお店を残していけるのか、と日々考えています」
老舗として代々継がれてきたことを尊重しながら、どのように時代の変化に対応していくか。OIGENが扱っている南部鉄器などの伝統工芸にも言えるように、料亭もまた同じ問題を抱えています。
和賀さんはその問題をどのように解決していくのか。じっくりと考え、丁寧に言葉を選びながら話し始めます。
「僕がこれから先考えている事は、新茶家の格式をより高く上げて特別な存在にしていくこと。料理はもちろん設えからサービスも徹底し、他との差をつくらねば残っていけないと思っています。またそれに伴い、別店舗で予約なしでも入れる一品料理屋などをひらくことで、新茶家、強いては日本料理そのものへの入り口をつくることができたら嬉しいです。」
ただお店が残っていけばいいのではなく、「より品格のあるお店」として残していきたい。お店をこれからに繋いでいくための具体的な理想像を抱いている和賀さん。続けて「ちゃんとした仕事を通して、日本料理を次の世代に繋いでいきたい」と話します。
「最近は、日本料理の基礎としてちゃんとした仕事をしていない和食屋さんが多いように感じるんです。長年提供しているメニューで『これを出しとけば大丈夫だ』みたいな気持ちがどこかにあるんじゃないかなって。そうしたお店が増えて、間違った日本料理が伝わり、それが残っていくのは悔しい。だから、継いでいくことや残していくことを考えると、僕はうちの店だけでなく、日本料理全体のことを意識しているんです」
間違った伝わり方で、日本料理が継承されてほしくない。だからこそ「ちゃんとした仕事」をし続けていく必要がある。そうした意識の背景には、京都にある料亭「瓢亭」で過ごした修行時代の経験があります。
「瓢亭の14代目主人である高橋 英一さんの影響が大きいです。英一さんは本当に芯がぶれず、料理に手を抜かない方。表面だけじゃなく、本当に裏の裏まで考えている方なんです。あれほど著名な料理人でありながらも腰が低くおおらかな人。その人柄は料理にも表れていると思います。だからこそ英一さんの仕事を見た時に、自分はこの人の想いを繋いでいきたい、と考えるようになりました」英一さんの静かな厳しさと心に染み入る言葉。それも和賀さんの今につながっているのです。
和賀さんが修行時代に学んだのは「料理をお客さまのために考えながら作る」ということ。料理は自分のためだけでなく、他人に関わることだからこそ、ちゃんと練習をして、ちゃんと料理をして、ちゃんとしたものを提供する。「特別な日を最悪な日にするのか、最高の思い出としてもらえるのかが僕の手にかかっている。料理はそこまで考えないとできない仕事なんです」と和賀さん。そうした修行時代に培った考え方が、和賀さんの作る料理に繋がっています。
「やめられるもんだったら、すぐやめたいですよ」
修行時代の経験を糧に、日本料理全体へ意識を向けながら、日々料理に励んでいる和賀さん。今後についての考えをお聞きすると、「これからは新茶家の和賀 靖公ではなく、和賀靖公の店が新茶家なんだと思ってもらえるようにしたいです」と自身の志を教えていただきました。その言葉からは、ただお店を継承するのではなく、自分が新たな歴史をこの老舗でつくっていく。そうした挑戦者としての決意が感じられます。
しかし、様々な想いや志は和賀さんにとって重圧になることも。「正直やめられるならやめたいなって、よく思うんですよ」と少し笑いながら胸の内をお話してくれました。
「もうやめられるんだったら、すぐやめたいですよ。もちろん根本では料理が好きなんですけどね。今はとにかく『この店をどのように理想に近づけていくか』とか『これからの日本料理をどうしていかないといけないか』とか、そういうことばかり考えてしまっているから、自分が感じている以上に受ける重圧が大きくなっているのではないかと感じます。本当にもっと心から愉しんで料理を作れるようになったら、今よりもっといいものを作れるようになる、というのは、自分でもわかっているんですけどね。そのためには次の人を育てて、もう少し肩の力を抜いて仕事ができるようになったらいいのかもしれないですね」
和賀さんが大切にしているのは、お店を続けていくこと、日本料理を残していくこと、さらにその次の世代へ想いを繋いでいくこと。また、それらが「ちゃんとした仕事」として伝えられていくことを願っています。
老舗だからこその責任や重圧、時代の変化に対応する力が和賀さんにはきっとある。そして和賀さんの継ぐ新茶家はこれからもまたさらに歴史を紡いでいく。和賀さんの話しぶりや仕事に向き合う姿勢から、強くそう感じさせられたインタビューでした。
文 宮本拓海(みやもとたくみ)
1994年生まれ。岩手県奥州市出身。
2019年4月よりフリーランスライターとして活動中。
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