コロナ禍に愛媛県の限界集落でオープンしたピッツェリアSELVAGGIO。前編では彼の仕事への向き合い方や従業員への仕事の任せ方など、組織の作り方という面でも勉強になる話をたくさん聞くことができた。後編では、「OIGEN鉄器」を起点に「地元で愛されるお店にするためには?」というテーマを深掘りしていく。インタビュー前編は<<こちら
応援されるレストラン
ー北久シェフの過去のインタビュー記事では「応援されるレストランを作りたい」ということを仰っていましたね。私自身、OIGENで鉄器を作って売る人間として、観光客はもちろん、地元の人にも使って欲しいと感じていて。伝統工芸として距離を置くのではなく、鉄器が家庭の中に入って家の伝統になればいい。忙しい日々の中で、鉄器を使うことで、五感を働かせ、愉しいと感じながら料理をするという時間「余白ー自分と向き合う時間ー」が増えたら良いなと。ただ、奥州で地元の方々が鉄器を使う将来はまだ先だと思っています。そこが課題でもあるので、まずは地元で鉄器の再認知を広げていく活動をしていかなければいけません。だからこそお聞きしたいのですが、地元の人、観光客、働いているスタッフのみなさんに愛されるレストランになるにはどういった取り組みが必要なのでしょうか?
これに関しては自分もまだ悩んでいる部分ではあるのですが、地元の人に愛してもらえるレストランになるには、まずはスタッフがそのお店を愛していないと無理だと思っていて。
スタッフがそのお店を好きではないと、言葉に思いがのらないので、それがお客さんにも伝わってしまうんですよね。
今SELVAGGIOでも、レストランのスタッフたちが日々の色々な業務に追われていて、周りが見えなくなってしまうことがあるので、余白の時間を持ってレストランや仕事に向き合うことが、自分たちの課題でもあります。逆に鉄器に対する思いが強い及川さんを見ていて、レストランに還元できる部分があると思いましたよ。普段はフワッとしているけれど、鉄器のことになるとすごく熱く語る。だからこそそれだけ思いを持っている人が作っている鉄器ってどんなものだろうと興味が湧いて、OIGENの鉄器を使いたいと思いました。
もしそんな熱意を、従業員みんなが持っていたら、多分自然と愛してもらえるレストランになるんじゃないのかな、と。
ー 北久シェフがOIGENの鉄器を買ってみたいと思ったきっかけはなんだったんでしょうか?
実際にOIGENの鉄器を使ったことがなかったので、正直話を聞いただけではその商品の良さはわかりませんでした。
鉄器であれば業者はたくさんあって、もう既にレストランで一個使っていたので、OIGENの鉄器をわざわざ買う必要はなかったんです。及川さんと話をする中で、鉄器への想いが伝わってきて、自然とOIGENの鉄器を使いたい、買いたいと思えたし、実際に買って良かったから、また次も買いたいと思えました。
その商品を買いたいというよりも、その人から買いたいと思わせることができれば強いですね。もしかしたらOIGENのショップに行って、店員がただ売っているだけだったら、商品が良いとしても買っていなかったかもしれません。
OIGEN鉄器のフライパンで魚を焼く北久シェフ。OIGEN鉄器で焼くと熱効率も良いのでフワッと焼きがるという。しっかり手入れした鉄器であれば、くっつかず、皮目もパリッと仕上がる。
『ピアット20cm』ピアットはイタリア語でお皿と言う意味。「しっかり手入れさえしていればずっと使い続けられるので使う度に愛着が湧きます」と話す北久シェフ。
料理人と鉄器
ー 鉄器への向き合い方について伺いたいなと思うのですが、北久シェフがタミパンをみた時に、面白そうと言ってくれましたよね。普通のフライパンではなくてタミパンに食いついてくれたのが私としては嬉しかったのですが、どんなところをみて面白そうだと思ってくれたのでしょうか?
今まで市販で売っているケーキ型を使い、オーブンでお菓子を作っていました。直火でケーキを焼くなんてやったことがなくて、鉄器でケーキを焼けたら面白いなと思いました。
器への向き合い方と言う点で言うと、何を作りたいかというより、このお皿にどんな料理をのせたいかと考えることが楽しくて。鉄器も同じで、この鉄器でこの料理を作りたい、みたいな。料理人は、器から料理を考えるだけでワクワクするんです。
ただのお皿で提供すれば、ただの料理だけれど、お皿や鉄器に合わせた料理を作れたら、料理だけではない一つのストーリーができます。「何故わざわざこの鉄器を使ってるのか?」というプラスアルファのストーリーをお客さんに話せたら、お客さんをさらにワクワクさせてあげられますよね。
ー うんうん、お客さんに伝わりますね。そのワクワクは。
ただ料理を作るだけの料理人にはなりたくなくて、ストーリー、料理の裏側にある背景を大切にしたい。だからこそSELVAGGIOでは愛媛の砥部焼のお皿も使ったり、生産者さんとの関わりを大事にしています。
ー そのストーリーの中に鉄器があるというのはすごく嬉しいです。
新たな発想
ー 鉄器を作る側としても、自分の考えの外側を知ることができるので料理人のお話は聞いていて面白いです。料理人からの「こんなもの作れないかな?」というオーダーは、私たちものづくりの生産者にとって新しいところを目指せるチャンスでもあります。トライする機会をもらえるのはありがたいことだな、と感じています。
前に、鉄器を見て「これってお皿になるの?」と聞いた時に「好きに使っていいです」と答えてくれましたよね。こうした考え方をできるのが料理人としては面白くて。
料理人も色々な鉄器やお皿に出会う中で、本来考えない料理のアイディアが出てくるんですよね。鉄器も違う考えの人が一人入ったらまた違うものができるし、お皿だから、鍋だから、にとらわれる必要はないんだなと思いました。
ー 生産者と料理人がお互いにコミュニケーションをとることで、相乗効果が生まれ、より良いモノや料理を作ることができるのですね。SELVAGGIOは、生産者を大事にしていて、「一人勝ちしたい」「うちが儲かっていればいい」という考えがないことが素敵な考え方だなと思っています。
こうした考え方も、岩澤さんから学びました。なので自分も大事にしていて。
去年、松野町の契約農家さんが大量のバジルを100円でいいよって言ってくれたことがあって。でも、100円の労力でバジルは作れないですよね。その年に100円でバジルを買ったとしても農家さんにとって持続可能ではないので「来年はもっと高く買うので、さらに良いものをお願いします」とお伝えしました。レストランとしても来年の食材調達面での余裕ができるし、農家さんも来年に向けて頑張ってくれる。
野菜を安く買おうと思えばいくらでも買えますが、安ければ良いというものでもなくて、高くてもより良いものを使いたいし、売るためにみんな頑張ろうと思ってくれる。さらにそれが地域全体に広がったら盛り上がりますよね。
OIGEN社員インタビュー後記
SELVAGGIOは、一人一人がどうすればレストランが良くなるか、どうやったらお客様に喜んでもらえるかを日々考え、気になる事があれば話し合い、互いに励まし合える社風・チームワークが取れているレストランだと思いました。それは、上下の立場関係なくスタッフ一人一人がSELVAGGIOというチームの一員だという意識をもっていることと、自分が好きなことをさせてもらえる愉しさがあるからなんだ、と今回北久シェフのインタビューを通して知ることができました。
小さな不具合がスタッフ内にあれば、全てお客様に繋がるからすぐに改善するという意識をみんなが共通して持っている。だからこそ、そういうチームワークが取れる社風からは学ぶ部分もたくさんありました。地元に寄り添えるようなより良いショップを目指すため、地域の方々との繋がりや、仕事に向き合う姿勢のあり方、社内のコミュニケーションの大切さを改めて感じたインタビューでした。
ライター/井上美羽
埼玉と愛媛の2拠点生活を送るフリーライター。都会より田舎派。学生時代のオランダでの留学を経て環境とビジネスの両立の可能性を感じる。現在はサステイナブル・レストラン協会の活動に携わりながら、食を中心としたサステナブルな取り組みや人を発信している。