暮らしを便利にしたり、楽にするのではなく、手間をかけて育てていくことから、改めて人生の愉しさを感じさせてくれる南部鉄器。「その愉しさを感じている自分自身をたのしんでほしい」という想いから、及源鋳造株式会社(以下、OIGEN)は、長く暮らしに寄り添う、100年使い続けられる鉄器づくりに取り組んでいます。
そうしたものづくりの姿勢の背景にあるのは、持続可能な社会を目指す上で「今大切にするべきことは?」という問い、「効率よく、たくさん作って、たくさん売る。今当たり前になっていることが、これからも続いていいのだろうか」という想いです。
実は、そうした問いや想いを抱きながら、自身の仕事や活動に取り組んでいる方々がOIGENの周りには多くいます。
「農業はパンクだと思っているんです。世の中に問題提起するような意味合いを持ちながら、日々野菜づくりに取り組んでいます」と話す、農家・ヤサイノイトウの伊藤 修司さんもそのひとり。
今回のインタビューでは、土や植物に触れ、人にとって大切な「食」に関わる農業を通して、社会に問題提起しようとする伊藤さんの強い想いをお聞きしました。
<プロフィール>
ヤサイノイトウ 伊藤修司さん
宮城県仙台市出身。岩手県北上市在住。
2016年から固定種の野菜のみを取り扱い、無化学肥料・無農薬栽培に取り組んでいる。
農家は、次の世代にできるだけ健全な状態で農地を受け渡す義務がある
伊藤さんが農業に関わるようになったのは、今から4年前のこと。それまで20年間勤めた陸上自衛隊・防衛技官を退職し、「自分の考えをそのまま実践できる仕事がしたい」という思いから農家を志すと、1年の研修期間を経て、奥さまの実家のある岩手県北上市に住まいを構え、農業に取り組み始めました。
伊藤さんが扱っているのは、先祖代々同じ形質が継がれてきた「固定種」の野菜。化学肥料や農薬を使わずに栽培しています。
「固定種の野菜を取り扱い始めた理由は、単純に『おいしいから』というのが一番の理由です。流通のしやすさや見た目のきれいさなどを理由に品種改良されているのではなく、純粋にただただおいしいから継がれてきた種が固定種なんだと思います」
美味しい野菜をお客さんに届けたい。伊藤さんはそうした野菜の味以外にも、農業をする上で意識していることがあります。その内容が「農業はパンク」だと言う伊藤さんが表現する社会に対する想いです。
「農家は、次の世代にできるだけ健全な状態で農地を受け渡す義務があると思っているんです。現在行われている大量生産、大量消費の流れの中での農業は持続可能なことなのかどうか。今、主流に行われている『少ない面積で、たくさんの収穫量を確保する効率のいい農業』から自分は離れて仕事をしていたいなと思っています」
次の世代に健全な農地を受け渡すために「自然を壊すことと自然の回復するバランスを整えるように意識している」と言う伊藤さん。具体的にどんなことをしているのでしょうか。
「今の大型機械や農薬を使う農業は自然を壊していくスピードが圧倒的に勝ってしまっている。そうすると今まで土の中で保たれていた生態系が変化して、今はよくても10年、20年後には土がぼろぼろになって、野菜が採れなくなってしまうかもしれない。なので、無理がでないように人が手を入れる行為と自然の回復しようとするスピードを揃えるようにしています。野菜を栽培している間は、畑の中で雑草よりも野菜の方を少し優勢にしてあげるようなイメージ。草の中に野菜を置かせてもらっているような感覚かな」
そうした「草の中に野菜を置かせてもらっている」という言葉から出る謙虚さから伝わってくる、自然を尊重する想い。伊藤さんの農業は「野菜を育てること」だけでなく、長く野菜を育て続けられるように、畑の中の「自然のバランスを整えること」に繋がっています。
多く、深くある想い、実践してきたことがあるからこその「めんどくささ」
伊藤さんの農家としての強いこだわりはそうした栽培方法だけでなく、野菜の販売方法にも。収穫した野菜はスーパーや市場、産直などに出荷するのではなく、個人やお店との直接取引でのみ販売を行っています。
「お客さんとがっつり付き合いたいんです。売る側と買う側の枠を超えたもう少し人間くさい関係を築きたい。だから今繋がっている方たちとはこれからもずっと関わり続けたいし、そのために裏切らない仕事をしたいなと思うんです」
直接お互いのことを知る信頼し合った人に野菜のことを伝えて、販売する。伊藤さんの畑や野菜に取り組む真剣さは、そうした人との関わり方にも通じているようです。
伊藤さんは時折、自身の野菜や人との関わり方への考えを「めんどくさいでしょ」と話しながらインタビューに答えてくれました。でもその「めんどくささ」の分だけ、多く、深く農業に向けた想いがある。そして、実践してきたことがあるのだと思います。
「農業という仕事はすごい大事なことだと思うんです。他のどんな仕事がなくなっても、絶対になくなってはいけない。だけど、就農する人はほとんどいない。『だったら、俺がやってやろう』みたいな気持ちがあるんです。自分の働く姿を通して、農業の愉しさややりがいをたくさんの人に伝えられたらいいですね」
伊藤さんが感じている農業に向かう姿勢や愉しさには、私たちが「今大切にするべきこと」のヒントが詰まっているのかもしれません。
文 宮本拓海(みやもとたくみ)
1994年生まれ。岩手県奥州市出身。
2019年4月よりフリーランスライターとして活動中。
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