料理人に聞く

[後編]ロレオール田野畑 伊藤勝康さん:岩手のテロワールを一皿に込めて

2011年に未曾有の大震災「東日本大震災」を経験し、160年以上つづく南部鉄器のつくり手として、これからの100年のあり方を自問自答するようになったOIGEN。その出来事に前後するように出会ったのが、震災の被害が甚大な海岸沿いの地域に何度も何度も足を運び炊き出しをする料理人、伊藤勝康シェフでした。

伊藤シェフと言えば、岩手はもちろん、全国でローカルガストロノミーに関心がある人なら知らない人はいない有名シェフ。実は、震災の前から地元の南部鉄器を使いこなす文字通り“アイアンシェフ”なのです。少し強面だけど、ニコッと笑った笑顔が印象的な、イケメンおやじ。

鉄器を片手に(両手に!?)、岩手というローカルな地でつくる伊藤流フランス料理ができるまでのメーキングストーリーを取材しました。後半は、岩手県にIターンをしたところからスタートです。テロワールの話、3.11の時の想い、そして鉄器のこと。盛りだくさんです。

INDEX:「料理人に聞く」ロレオール田野畑 伊藤勝康シェフ
1.インタビュー前編「岩手のテロワールを一皿に込めて」
2.インタビュー後編「岩手のテロワールを一皿に込めて」
3.番外編 OIGENの南部鉄器は「俺の腕の延長だから」

伊藤勝康シェフ プロフィール
千葉県市原市出身 1963年生まれ
1995年 岩手県にIターン 牛の博物館併設のレストラン料理長就任
2000年 出張料理「ロレオール丘」を開業
2010年 ロレオール オーナーシェフ
2016年~
    地場食材を使用し、南部鉄器で調理するフランス料理で
    ローカルガストロノミーの可能性を探るべく田野畑村に店舗移転。
    岩手県の食材・工芸品PR、商品開発、地域活性化の活動も行う。
2011年 農林水産省「料理マスターズ」ブロンズ賞受賞
2017年 農林水産省「料理マスターズ」シルバー賞受賞

|お客様が入らないなら、自分が出向く|

フランスでの修行を諦め、妻の実家がある岩手県にやってきた30代前半の伊藤シェフ。岩手県前沢町にあったレストランの料理長になりました。

「どうせ田舎だから暇だろうって思ってたのに。そうでもなかったからね。毎朝30ℓの寸胴でポタージュ仕込んで。観光客がいらして昼にはなくなるんだよ。朝7時から、夜1時、2時まで毎日仕事してたよ。」と当時を振り返る。しかし、ランチは人が入るが、夜や冬場はめっきり客が入らない。「掃除しかすることないから、調理場ピッカピカだったよ。調理台だって、毎日ひっくり返して磨きましたもん。」

思わず筆者が、「さすがに毎日掃除しなくてもいいかってならなかったのですか?」と尋ねると、「それやっちゃったらおしまいよ。暇だと悪いことしか考えないからね。」

そこで思いついたのが出張料理でした。「冬場は閑散期なので出張料理をやりたいって経営者に言ったけど、そんなことやったって(無駄)と言われて。当時の地元のお客様はフランス料理って何?みたいな感じで。」1999年秋、レストランを辞職します。

「いつかは自分で店を持つと考えてたから、来てくれないならこっちが出向いて行こうって」腹をくくりました。


※(写真)出張料理中の伊藤シェフ

 

|風土を活かした料理こそフランス料理|

伊藤シェフと言えば、岩手県の食材を知り尽くした男というイメージがありますと伝えると、「やっぱり出張料理だから。お客さんは農家さんが多くて、たくさんの食材に出会えたからね。」と。「フランスで、特に地方で修行した経験のあるシェフたちは意識が強いと思うけど、フレンチでは地元の食材を使うことなんて普通だから。フランス料理の基本は“テロワール”(=風土特有の個性)。そこに根差していくことが本当のフランス料理だから。」

憧れは日本初のオーベルジュとして「オーベルジュ オー・ミラドー」を箱根にオープンした勝又登シェフ。伊藤シェフは今では勝又シェフと同じ農林水産省料理人顕彰制度「料理人マスターズ」に選ばれています。


※(写真)2017年の料理マスターズ授賞式

 

|おいしさは構成力でつくられる|

「はい」という答えを期待して「生産地の岩手に来たらやっぱりおいしい食材ばかりでしたか」と聞くと意外な答えが返ってきました。「いや…産直ができるまでは八百屋から買うしかないから。東京と一緒。」そもそも無条件に「これはおいしい!」と言える食材に出会えることは稀なのだとか。

その理由は、「おいしいかどうかは分からない。みんながおいしいっていうおいしいが分からない。食材に対しておいしいってすぐ言えることって正直ないよ。だけど俺らは料理人だから、素材は完璧じゃなくたっていいんだよね。料理は一つの素材でやるわけじゃないんだから。例えば、味を構成するうえで、にがい特徴があるモノは焼いて甘くするとか。酸味が足りなければ足すとか。」

足したり引いたり、時に掛け算したりしながら創り上げるものが「おいしさ」だから、地元の食材だから無条件でおいしいかという質問は愚問であったと気が付きました。

大切なのは「素材を知ること。食えば分かる。それを重ねていけば、姿カタチを見て大体分かるようになるんだよね。」

 

|震災直後に駆け付けた先は生産者|

「炊き出し(をはじめたの)は知り合いがいっぱいいるし。あたりまえの感覚だった。岩手に来て三陸の魚って分からない。見覚えがない連中がたくさんいるわけです。魚屋さんにいろいろ教わってきた。震災直後は知り合いは連絡つかないし。料理人なのに手ぶらじゃいけないから。ただそれだけですよ。

出張料理やってたから。お店がないので、岩手県すべてがテーブルさえ持っていけばそこが俺のレストランみたいな感覚だったから。自分の店が被害受けてて、それが気にならなくて見に行かない人いますか?今日食べられない人がいるから、料理を届けただけです。単純な話。」


※(写真)避難所で炊き出しをする伊藤シェフ

東日本大震災があった年の冬、OIGEN及川久仁子社長が伊藤シェフに声掛けをして始まったイベントがあります。2020年の春、新型コロナの影響で止むを得ず中止とした回を除き、毎年2回行われる「風土・FOOD・風人」です。取材を横で聞いていた社長が、「(震災以前のように出荷ができず)農家さんが疲弊しているって聞いたのでどうにかしなくちゃと。シェフがつくるものはおいしくて安心という証になるという想いがあって、絶対に伊藤さんを入れなくてはと思いました」とその当時を振り返り話してくれました。


※(写真)2020年9年目を迎えたイベント「風土・FOOD・風人」の様子

 

|段取りなし!?調理の概念を覆す無駄のない鉄器調理|

やっとここで伊藤シェフのストーリーにOIGENの登場です!伊藤シェフと鉄器との本格的な出会いは出張料理をはじめた2000年代にさかのぼります。

出張料理では一般家庭が多いので、大きいオーブンのない台所がほとんど。1人でコース料理の準備をしていると、ちょっと目を離した隙に火が入りすぎたり、表面が乾燥してしまったり、次のメニューを準備する間に冷えてしまうこともありました。そんな時、鉄器を持っていたことを思い出し使ってみたところ、熱の調整がしやすいことに気が付いたのだとか。

徐々に鉄器を使っていくうちに、自身の中にあった、いままで学んできた仕込みや調理の手法をベースにしながらも、自分流に変えていくようになりました。「調理法と調理道具はセットだから」と。筆者が「!?」となる中、続けて説明してくれました。

「鉄器は料理人にとってちょっと手を出しにくいものなのですよ。使う経験がないから怖いところがある。ポワレするって言ったら、使う鍋はポワレ鍋。ソテーと言われれば浅めのフライパンって。だいたいそういう鍋やフライパンを使う。

俺からするとね、例えば野菜なんかは準備のために時間かけて、一度火を入れたものを冷まして、バットとかも準備して、使ったら洗わなくちゃいけない。エコじゃないよね。自分としては無駄だなって思ってしまう。南部鉄器で火を入れると明らかに味が違うって分かっているから、そういう調理法はなるべくやりたくない。」

|最後に|

「好き嫌いってタイプがあるから。最新鋭の調理道具が好きな人もいる。でも時代に逆行するような人もいる。自分のようなおやじ料理人が、縄文的に料理しようみたいな。両極端ですよね。

でも、特に若手の料理人さんには、スチームコンベクションなどの最新調理機器を使うのもいいけれど、もっと自分の個性を活かせる道具として鉄器を使うことをすすめたいな」と伊藤シェフからのメッセージです。

|取材の終わりに|

東日本大震災から約10年。2020年初春、新型コロナウイルスの猛威でいままでの生活が一変しました。「Withコロナ」の時期に入り、改めて自分たちに問います。大切な誰かの、大切な自分自身の、心も体も健やかに過ごす基本となる「食」に、これからより一層注目が集まるだろうと。OIGEN鉄器ができることは、シンプルだけど、とても大切なこと…毎日のおいしさをつくりつづける相棒であること。

一時は斜陽産業と言われた南部鉄器のメーカーであるOIGEN。伊藤シェフとの出会いによってOIGENがもらった自信や誇りは何にも代え難いものです。さあ、今日は料理するぞ!エプロンを締めて今日はあれを作ってみよう。そうちょっとだけ気合の入った取材の終わりでした。

[番外編]では、伊藤シェフが俺の右腕というOIGEN鉄器のことや、プロがイイね!と言ってくれるポイントを紹介します。

番外編

番外編
ロレオール田野畑 伊藤勝康さん
OIGENの南部鉄器は「俺の腕の延長だから」

番外編

ロレオール田野畑について

文:薗部七緒(そのべななお)
2020年4月末日


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