鉄瓶に宿る「湯垢」。お湯を沸かす度に、鉄瓶の中に育つ白い膜「湯垢」は、鉄の宿命でもある赤サビを防ぐだけでなく、お湯の味をまろやかにする効果を発揮します。「湯垢」は、人と鉄の道具が長く付き合ってきた証であり、「鉄は錆びる」という自然の摂理に寄り添う、日本人の生活の工夫そのものです。
「湯垢」の正体や、「湯垢」によって”やわらかく”なるお湯の特長、「湯垢」が南部鉄瓶を赤サビから守るメカニズム、そして「湯垢」によって茶や珈琲がひと味変わる理由について、解説します。鉄瓶と「湯垢」の持ちつ持たれつの関係にご注目ください。
目次
- 湯垢は水中のミネラル分の結晶
- 湯垢がサビから南部鉄瓶を守る
- まろやかな白湯へ-南部鉄瓶による「軟水化」
- 鉄瓶の「軟水化」は、どれくらい”軟水化”するのか
- 鉄瓶で淹れる、ひと味違う茶と珈琲
- 「はじめの湯沸かし」は硬度300mg程度の硬水で
湯垢は水中のミネラル分の結晶
水道水やペットボトルなどで売られている水には、カルシウムやマグネシウムなどのミネラル分が含まれています。水を沸かすとそれらが析出し鉄瓶の内部に白っぽい付着物となり残ります。それを「湯垢」と呼びます。鉄瓶は水の中からカルシウムやマグネシウムなどを取り除きながらお湯を沸かす道具です。
湯垢がサビから南部鉄瓶を守る
鉄は錆びる――鉄が酸素や水分と出会えば、やがて腐食が始まる。それは自然の摂理であり、避けられない関係でもあります。
「鉄が錆びる」という現象は鉄の表面が、水や酸素などに触れることで酸化し酸性に傾いている状態です。一方で水分中にある主にカルシウムとマグネシウムはアルカリ性。多孔性で細かい凹凸がある鉄瓶内部の表面に、「湯垢」としてそれらのミネラル分が付着することで、アルカリ性を保ちサビから鉄瓶を保護してくれているのです。鉄瓶は使えば使うほど、より錆びにくい状態に変化していきます。
まろやかな白湯へ-南部鉄瓶の「軟水化」
水中のミネラルを取り除く作用を、専門用語では「軟水化」と言います。軟水化された南部鉄瓶で沸かしたお湯や、それを冷ました白湯の口当たりがやわらかくなる理由は、水中のカルシウムとマグネシウムなどの減少によるもの。苦味や塩味、時には酸味を感じさせるミネラルが湯垢となり、鉄瓶の内側に付着することで、鉄瓶で沸かすと水が「まろやか」「やわらかい」「あまい」と感じられるのです。
ちなみに、水1Lに溶けているカルシウムとマグネシウムの量を表した数値が「硬度」。それらが比較的多く含まれている”硬い”水(一般的には120mg/l以上)を「硬水」と呼びます。逆にその量が少ない”軟らかい”水(一般的には120mg/l未満)が「軟水」です。 *世界保健機関 (WHO)の分類では、60 mg/l以下を軟水、60~120 mg/lを中硬水、120~180 mg/lを硬水、180 mg/l以上を超硬水と分類しています。
参考 - 市販されている天然水の硬度 | ||
南アルプスの天然水(山梨) | 30mg/l | 軟水 |
日本の水道水平均値 | 50mg/l | 軟水 |
ボルビック(フランス) | 62mg/l | 軟水 |
早池峰水(岩手県) | 261mg/l | 中硬水 |
エビアン(フランス) |
304mg/l | 硬水 |
天海の水(高知県) | 1000mg/l | 硬水 |
鉄瓶の「軟水化」は、どれくらい”軟水化”するのか
「湯垢」が育つほどに美味しくなるーー。昔から、使い込んだ鉄瓶の方が「水が美味しくなる」と言われてきました。それは、内側に自然と育つ「湯垢」が安定し、作用しているからかもしれません。
そこで調べてみたところ、鉄瓶で10〜30分ほど煮沸を続けた場合、おおよそ10〜30mg/L程度の硬度低下が見込める可能性があるという実験結果が、いくつか見受けられました。ただし、鉄瓶の状態や水の種類、煮沸時間によって変動が大きく、安定した数値化は難しいという側面もあるようです。
それでも、鉄瓶で沸かした湯の微細な変化を感じ取り、「まろやかな口当たり」と表現したり、味わいを「あまい」と感じたりする。そんな繊細な感覚を楽しめるのも、鉄瓶ならではの魅力だと思います。
鉄瓶で淹れる、ひと味違う茶と珈琲
ふうふうと冷ましながら飲む白湯だけでなく、お茶や珈琲でもまろやかで余韻のある味わいを楽しめるのが、鉄瓶で沸かした湯の魅力です。
ミネラルが湯垢となり鉄瓶を保護しながら沸く鉄瓶湯が、どうお茶や珈琲の成分に作用するのかを簡単に説明します。
例えば、緑茶の場合──鉄瓶で沸かした軟水化したお湯で淹れると、甘味や旨味に加え、緑茶らしい渋味や苦味がほどよく抽出され、「バランスのよい奥深い味わい」に仕上がると言われています。
緑茶の渋み成分であるカテキン類(タンニンを含むポリフェノールの一種)は、硬水に含まれるミネラルと結合しやすく、沈殿することでその風味が損なわれてしまいます。また、香り成分の揮発量も減少しやすく、香りが立ちにくくなる傾向も。加えて、緑茶に含まれるビタミンCも、硬水では著しく減少してしまうと言われています。緑茶は軟水で-と言われる所以です。
一方で珈琲の場合──軟水で淹れると苦味成分の抽出が穏やかになり、「マイルドですっきりとした味わい」になると評されます。
硬水で淹れた場合、緑茶の場合とは逆で、水中のミネラルが焙煎豆に含まれるクロロゲン酸などの苦味成分の抽出を促進するため、コクや深みとともに苦味も際立ちやすくなります。軟水では珈琲豆成分の抽出がほどよく進み、苦味と酸味のバランスが取れた、角のないやわらかな味わいになるようです。
珈琲や緑茶だけでなく、紅茶やハーブティも、鉄瓶で沸かした軟水で淹れるとやさしい印象になるので、ぜひお試しください。※なお、味の抽出量には水のpHや湯の温度、淹れ方なども影響します。
鉄瓶はじめは、硬度300mg程度の硬水で
及源鋳造|OIGENでは、鉄瓶のはじめての湯沸かしは、市販の硬度300mg/l程度の硬水の使用を推奨しています。各地の水質の違いで「湯垢」の付きやすさが異なります。*硬度300mg/l程度以上の硬度が非常に高い硬水を沸かすと、カルシウムやマグネシウムがお湯の中に浮遊してしまうためおすすめしていません。
「湯垢」は積み重なると、かさぶたのように剥がれることがあります。その場合は、軽くゆすいで取り除いてください。普段通りにお湯を沸かしていると、剥がれたところにまたカルシウムとマグネシウムなどが析出した結晶が付着していきます。安心して使い続けてください。
まとめ
鉄瓶は「湯垢」を育てながら、美味しいお湯を沸かし続ける、日本の昔ながらの湯沸かし道具です。
ズシリとした鉄瓶の重量感ごと火にかける。そのひと動作から始まる鉄瓶との時間。ぽこぽこ沸き立つ湯を眺め、シュンシュンと音がしたら火を緩める。タツタツとドリップする鉄瓶珈琲も、ストンと気持ちが落ち着く日本茶も、鉄瓶だからひと味違う。
「湯垢」を育てる、道具を育てるー「湯垢」が立派に育った鉄瓶は、道具としての風格が増していきます。毎日の鉄瓶湯沸かし時間が、つかい手のみなさまの小さな活力になることを願っています。
豊富な品揃えで、自分だけの鉄瓶がきっと見つかる